わくせいひつじ08番/planet08sheep
砂の上の愚か者たち
fools on the sand
       
< 前編 >       

長安から遥か彼方の砂漠に
それは美しいオアシス都市があるという
その都の名は敦煌(とんこう)
そこに行く者はみな、その街に心を奪われ、
砂の上で阿呆になり踊り続けるのだと言う・・・


1


まる20時間ほど乗った列車がようやく柳園に止まった。
駅に降りる。
湿度が全くない、からっとした空気が喉に差し込む。
今まで感じた事のない種類の空気だ。
太陽光線は強烈に差しているのに、何処か爽やかなのだ。

屋根のないホームに、プシューと音を発しながら止まっている列車、
遠くから何かカーンカーンと金属を叩く様な音が
ほとんど遮るものがない青空に響いていた。



後日、駅近くの丘から撮影。





日が射すホームから駅舎へと歩く。
このどこか現実的でない、未知な空気は、
列車を乗り継いで遠くまで旅をしてきたんだと、
感慨深くなるには十分なものだった。

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2


この駅で降りた人の数は数人。
小さな白い駅舎の前は、
土のまま舗装もされていない小さな通りで、
雑然と民家がサイドに並ぶだけのへんぴな所である。

ここからオアシス都市、敦煌まではバス以外は交通機関がなく、
かなり離れた場所にあるらしい。
その敦煌行きであろう小型バスは、確かに目の前に停車していたのだが、
全くの無人で、エンジンも掛かっていない。
運行時間なども一切分からないし、今日はもう終了しました。
そんな感じである。


普通なら一体どうしたものかと途方にくれそうなものだが
どうも乾いた空気のせいか、まったく不安になる事もない。
僕は人気のないその駅前に、とりあえずリュックをおろした。

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3

しばらくぼっとして座っていると、
どこからか現れた黒いサングラスをかけた謎の女性が声をかけてきた。

「とんこー」「たくし」
「ははっ!」




片言の日本語で、どうやらタクシーだと言っているようだ。
それにしても、タクシーの運転手の身なりにしては、余りに普段着な上、
真っ黒のサングラスをかけられては、彼女を怪しむには十分過ぎた。

だけども明らかに他に移動手段もなく
値段も聞けば、30元(510円ほどでバスと変わらない相場)と
全く良心的なので、渋りながらも彼女について行ってみた。

その女性のタクシーに案内されると
それはどう見ても、ただの汚い自家用車である。

仕方なく乗り込んでみるとすでに、
若い男が1人座っているのだった。


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他の乗客に少し安心した僕は、そのシと名乗る男に
このタクシーは本当に大丈夫なのかと話しかけてみた。
彼は学生で英語が少し話せるのであった。
彼いわく、大丈夫だろうとの事だ。

「ははっ!」
と笑いながら、サングラスの女性運ちゃんが車に乗り込むものの、
なぜかいっこうに出発しない。
その間、安いこのタクシーの値段をさらに値切ると、
女性運ちゃんは、

「ははっ!」
とあっさりと5元(約80円)ほど
まけてくれる。
ちょっと人がよすぎではないか・・・。

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4


そのとき、何処からか車の窓ガラスをドンドンと叩くおっさんが現れた。
女性運ちゃんはおっさんと何やら少し話して、
僕らを車内に残し、おっさんと出て行ってしまった。

しーんとする車内と街。
シに一体何が起きたのかと聞くと
どうやらおっさんは警察であり、彼女はあろうことか、
しょっぴかれたらしい。
営業許可がなく罰金が課せられるようだ。
そんなばかな・・・。


随分またされた。
やっと帰ってきた運ちゃんは
サングラスをとり、「ははっ!」
と照れ笑いのように僕らに笑顔を向けた。
しかしその素顔は、何処から見ても間違いなく善人であり、人の良さがにじみでていた。
それゆえ彼女が支払ったであろう罰金が気の毒であり、
ただでさえ安い運賃をさらに値切ったことに少しバツが悪い。
しかし罰金を払えば無罪放免なのか・・・。

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5


さて、今度は別の怪しげなおやじ(恐ろしくくたびれた背広をまとう、もちろん我々とはまったく無関係の客人だ)
が助手席に乗り込み、われらが無法タクシーは
運ちゃんの笑顔のもと、ようやく発進したのだった。
(お金は個別に払うので、出発は満席になるまで待っていたようである。)

ラジオから変な曲が流れだす。
でこぼこの路上を突っ走るボロ車の座席で
僕は車が跳ねるたびに頭をボコっと天上に打ち付けた。
もちろんクーラーなどなく、窓は開け放つ。
オヤジは煙草に火を付ける。
景色はほこりっぽく、枯れて何もない砂地である。



車内からの撮影。


シはCDウォークマンを取り出し
僕にイヤフォンを半分貸してくれた。
ビートルズのラブミードゥーだった。

シが聞いている曲がビートルズだったのが以外だった。
(絶対、中国語のポップスと思ってた)
そして、この砂だらけの景色の中、見知らぬ人たちと変なタクシーに乗り、
ジョンとポールが歌うのを聞きながら、
前の座席ではどこの国のとも付かない歌謡曲が流れ、
窓から熱風が吹き込み、でこぼこ道を飛び跳ねるのが、
笑い出す程面白かった。

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6


しばらく走ると、
なぜか車は道からそれ、古民家の方へと入り、止まる。
「ははっ!」と彼女のジェスジャー。

どうやら、彼女の実家か何かによるらしい。
どんなタクシーだよ・・。
分けの分からぬまま、その屋敷へとおじゃますると、
スイカの様なメロンのような果物を、その温かい家族達からふるまって頂いた。

僕はこういうのが楽しくてわくわくしていたが、
シは寄り道がどうも不満らしく、果物も口にしなかった。


助手席のオヤジはというと、表の路上を黄昏せいべいの様にぶらりと歩いている。
「家族団らんなど俺には似合わねえ」、そんな一匹オオカミに違いない。
その姿が渋かったので数少ないインスタントカメラでパチリと撮らして頂く。





さて、家族達と別れ、再び車で発進。
しばらくしてオアシスの街、敦煌が見えてきた。
とはいえ、たいして大きな街でもないここ。
一応街の中心らしき交差点で僕らは下ろしてもらい、
まずはシの予約しているホテルへ、ついて行ってみることにしたのでした。


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