わくせいひつじ08番/planet08sheep
そこでネジは歌っていた
        
西安にて
悠久の歴史ロマン、
あるいはただのねじの夢

2002年
長距離「列車」から降りる間抜けな三人組。
2人の日本人男子と1人の西安育ちチャイニーズガイ。
城壁に囲まれた古都「西安」に上陸せり。。

朝っぱら、駅の改札口。
我々は、漢字をでっかく書いたプラカードを持つ
奇妙な黒山の人だかりから熱烈な歓迎を受けた。

どかどかその間をかき分けて、なにやら
がんがん地面をほじくり返して工事が進む駅前へと抜ける。
(後日、下写真の改装中の半壊した商店にて、30円程度の恐るべき安煙草を
 購入した事をここに書き添えておきたい。)

平日朝8時ごろ。
僕とW氏、そしてガイド役のリュー君はホテル探しに歩き出す。


朝の空気はすぐ猛烈な熱さに。僕らは駅前のホテル勧誘を断り、
頼もしき地元ッ子、リュー君に続いた。
朝っぱらから碁をさすオヤジたちや
立ち並ぶ商店を横目に
気がつけば3キロ近くある城壁内を抜けきってしまった。

我がガイドの努力もむなしく、案内ホテルは全て予算越え、
鉛のようなバックパックを背負ったまま、炎天下を歩かされ
がっかりしたW氏はついに悲鳴を上げた。

「もうええわ〜、もうええ・・・。死にそうやあ、
 さっきの駅前の勧誘おばちゃんの宿にいってみよ」

我ら間抜けな三人組は再び3キロの道のりを引き返す・・・なり。
道ばたには一本のネジが転がっている。

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西安駅の裏の路地はまだ舗装もされていないが
心が休まる通りである。
そこにある食堂の二階が宿。
宿代は一泊1人20元ほどだった。(340円くらい)

W氏は、にこりともしなかった一階の食堂のお姉ちゃんを
なんとか笑わせる為、食堂を利用する毎にしつこく話しかけた。
そのとき僕にはその是非がよく分からなかったが、
二日後、若干の引きつりは気になるものの、そこに笑顔を見せる彼女がいた。


夜には屋台が近くの路上で店を開店、
道に椅子やテーブルがひろげられる。
ウイグル系の彫りの深いひげ面男達が四角い帽子を被って
シシカバブ(羊の串焼き)を炭火で焼く煙が舞う。

晩にはその路上のテーブルでチンダオビールをちびり、中国製の安煙草を喫み、
街の喧噪を聞きながらW氏と旅の談笑。
僕はすっかりそのお祭り騒ぎの中にとけ込み、βーエンドルフィンが
じわじわと分泌していた。


深夜、1人。
静まりかえった大通りを跨ぐ陸橋の上で
暗闇に沈む古都を見た。
向かいの通りに、怪しげに光るピンクのネオンが
いかがわしい漢字を浮かび上がらせ
すぐにそれと分かる平屋の商店から薄暗い路上に漏れていた。

路上で不意に女が近づく。
その女の手がある事を形作った動きを真似ているのに気が付いた。
見るとゆうに50は越えていそうな色魔であり、
不気味さに無言で避けようとしたそのとき

突然、けたたましく笑い声を上げたその女の声が
静かな大通りに響き渡った。



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翌日のこと。
城壁内の街角。

気がつくと、1人でそこにいた。
その街は確かに実在したと思われる。
しかし今ではそれを確かめようもない。

そこで売っていたのは大から小まで
あらゆるネジ。

ネジネジネジ。

そしてボルトや歯車だった。

その路面のガラスのショーケースに
ドラえもんの耳のバリエーションよろしく
それは美しく陳列されていたのである。

特別なデザインのインテリアでもなければ、
美しい生活雑貨でもない。
ただのネジだ。
いやあまりお目にかかることのない
巨大な業務用の工業製品である。
そんなものが大都会の中心近くにある通りで
堂々と軒を連ねている。

通りを行けども行けども同系列のお店が続く。
なぜこんな物が大々的に売ってるのだろう?
しかも店はバリバリの現役で商っているのだ。
ネジの陳列が終わると
次はタイヤの陳列である。
タイヤタイヤタイヤ。あらゆるタイヤである。
店一軒にタイヤだけが売っている。
商店のほとんどの店が
ネジやタイヤやナットやパイプやバネを陳列。
客は上半身裸で草履を履いてショッピングを楽しんでもよい。
その風景は確かに異彩を放っていたことだろう。
しかし僕は夢うつつ。
何もかも現実的ではなくなっていた。

 午後
「兵馬俑」行きのバスに偶然乗り合わせた
 パックツアーで来た日本の若者が
 ぼやいた。

「最低だ。
ここには
ネジしかねえ。
ネジばっかりだ。
ネジとタイヤしか売ってやがらねえ。」

どうやら、彼らもまた、あのネジ街へと迷い込んでしまったらしい。
彼らはうんざりしていたようだが、
本当はたぶんラッキーなのだ。


その後、
我々は停留所を間違えて降り、
近くにあった「清の始皇帝の墓」の頂きに登る。

そうして我々は4000年の歴史が産み落とした
この壮大な「ねじ文明」の行く末に思いを馳せたのだった。
露店で買ったかなり味のおかしいミネラルウォーターに
不信の念を頂きながら。