思考停止中の僕は、ひたすらに歩いた。
徒歩は金なり。
他の選択は浮かばなかった。
移民の街
歩いていると、いろんな人種に出くわす。
どうやら、パリの人口の3人に1人が移民ということらしい。
このとき僕がホテルを探していた所はパリの19区あたり。(だった)
この辺は移民が多く住む町だったようだ。
いわゆる華やかなパリとは違う訳なのだ。
そんなこともしらず、ここはほんとにパリなのか?
と恐れながら、歩いていた。
なぜなら、僕が知っていたのは想像上のパリだけなのだから。
さらに薄暗くなってきたこの界隈で、
宿も決まらずにいるのは、少々心細い。
町の喧噪と、エキゾチックな雰囲気が恐ろしく感じる。
このとき僕はパリではなく、アラブの見知らぬ町にいたに違いないのだ。
一件目は満室で、もう適当に次のチェーン店らしきホテルにした。
なんだか分からないホテルに72ユーロ(約9500円)も払うことになった・・。
気付くと、朝食以外何も食べていなかった。
しかし休むどころか、
そういえば明日のホテルの予約をしていないではないか!
またユースに行かなくては!
(思考停止)
再び歩き出す。
夜の不慣れな町を歩くのはストレスが増した。
さらに、モンマルトルのあの坂を再び越えて行ったというのに、
また予約を断られてしまった・・。
夜のメトロ
外は真っ暗。
ホテルに戻る前に、リュックを北駅に取りに行くつもりだったが、
もう疲れ果てていてついに断念。
手ぶらで戻ろう。
ああホテルまで、あのメトロに・・、また乗るのか・・。
気が重い。
朝と変わってメトロはその本性をあらわにしていた。
この乗り物、
信じられないくらい、乗り心地が悪いのだ。
口笛吹きならす。
叫ぶやつ。
車内ミュージシャン。
(ラジカセを爆音でならして、
フランス語でラップする人を含む。)
物乞い。(もちろんお金を集金する)
いなかったのが、スーツ着たビジネスマン。全然見なかった。 |
一度も安心して乗車できなかった。
しかも誰が危険で危険じゃないか、外見では分からない..。
こんな人いました。
自分の鞄を蹴りながら一人でキレてる男。
あげく電車から降りると、
他の人とつかみ合いのけんかを始めた。
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モヒカンでタゥー、ピアス、革ジャンのヤバそうなガキ。
近寄らないよう、離れて歩いていると
階段で乳母車を押したマダムを・・
手助けしていた。人は見かけによらない。 |
ホテル着
結局、荷物も何にもないので、そのまま倒れるように寝むる。
当然、朝から何も食べず。
このとき、僕は明らかに熱があった。
エピローグ
翌日、朝食もないホテルをさっさとチェックアウトして、
そのまま再び、モンマルトル近くのユース(モンクレー)へ向かった。
そして・・・
三度目・・・でようやく部屋がとれた。
4人部屋をとりあえず三日分。なぜか今度は予約できる。
一泊30ユーロ(約3900円)
苦労したのにユースにしては高すぎる!
でも他を探すのももはや面倒になった。
もちろん、リュックを取ってこなければならないが。(
ユースの部屋から
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部屋から見えるモンマルトルの丘
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フロントで初日に受付してた人は、数日後、僕の顔を覚えていて、
やっと泊まれたのねと言って笑った。(もしくは、まだいたの?かも知れない)
しかし、エアーチャイナのオフィスは三日間閉まったまま。
僕はまだ帰りの日がいつになるのか、未定のままだっだ。
おわり
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