オステンドの悪夢
/ヨーロッパ編top
オステンド
の悪夢

act:1 スティーブ
act:2 見知らぬ場所
act:3 覆面男
act:4 夜のアーケード
act:5 長い一日は続く
act:6 夜の終わり、そして始まり


イギリスを出て、わずか10名たらずの乗客を乗せたフェリーは
夜の海を越え、ついにヨーロッパ大陸へと到着した。
最初に降りたベルギー、そのリゾート地、オステンドでの悪夢。



act:1 スティーブ


睡眠不足のまま僕は、スティーブのBMWに乗り込む。

海は無事に渡ることが出来た。
とりあえず街まで出れば、あとはなんとかなるだろう。

せっかく乗せてもらうわけだし、スティーブのテンションを下げるわけにはいかない。僕は、しんどいながらもご機嫌取りに、拙い英語で盛り上げようとがんばった。


「ヘイ、良い車だね!」「ヘイ、ここは何もないね!」

しかし、下船後、運転手スティーブはあからさまに不機嫌になっていた。

何を言ってもほとんどまともな返事がない。

この日本人は一体どこまで一緒にくるつもりなのだ?
そんなことを言いたげな空気が助手席に伝わる。

もしかしたら、スティーブは船賃の半分くらい出してくれるものと期待していたのかもしれなかった。
そのときは僕もそれに全然気がつかなかった。

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辺りの風景はタダッ広い荒れ地で暗く、何もない。
とにかく街まで行きたい。

僕は、街があればそこで降りたい旨を伝えた。
しかし、スティーブはそれすらも面倒くさげなのである。


「おれもここの土地の事を全然しらないんだ」

そういってスティーブはナビをちょろちょろと動かすのだが、
ちゃんと探す気など全くないのが丸分かりなのである。
(だってちゃんとしたナビがあるのに!)

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僕もいいかげん、この空気の中、車に乗り続けたくないのだが、
とにかく街まで行ってもらわないと困るのである。
時刻は夜10時をまわっている。

しかし、僕もだんだん腹が立ってきた。
まあタダで海を渡って逆切れもひどい話であるが、
なんてつまらん奴だと頭にきてしまったのだ。

イギリス人のくせに、まるで日本人みたいに言いたい事を言わないんだから。
その辺り島国根性が似ているのだろうか?

バスの停留所が見えたので、やけくそでそこに止めてもらった。




act:2 見知らぬ場所

停留所と言っても、ちょっとした雨しのぎと、時刻表の看板があるだけの場所で、
周りは何もない。電灯が僅かに灯っているだけの場所だ。

僕はとりあえずサンキューと言って降りたのだが、スティーブの顔も見ず笑いもしなかった。
とにかく、こんなへんぴな所へ降りてしまった。
先行きが恐ろしく不安になる。
ここが一体どの辺なのか把握しなくては。

僕はアルファベットで書かれた掲示板を必死に解読し始めた。
まずバスの時刻はやはり、とっくに終了している事が判明。

スティーブの連れのバイカー達がバス停で、バイクの調子を見るためしばらく
待機していたのだけれど、僕はそれどころではなかった。

ただ、スティーブ以外の二人は笑顔で親指を立てて去って行った。
僕もそれには親指で返したのだが、顔は凍り付いて引きつったままだった。

結局ここが何処なのかさっぱり分からない。
街までどれくらいあるのだろう?
どっちが街なのだ?
外は冷えて来た。腹も減ったし、何ぶん寝不足で倒れそうである。
喉も痛い。
いきなり野宿になるのか?

そしてとんでもない事を思い出した。

ユーロの現金を一銭も持ってなかったのだ。
通貨が変わる事をすっかり忘れていた。

まずい。恐ろしくなった。
クレジットカードがあるので
なんとかなるかもしれない。
とにかく街に着くまでへばる訳にはいかない。

服を着込み気合いだけをフル稼働した。
カンを頼りに左方向へ、道なりに歩き始める。



act:3 覆面男

並木道でその奥に民家が見える。
地図もないので、とにかく道なりを歩くしかなかった。

しばらく歩くと前から自転車がやって来た。
感じのよい人に見えたので、すかさず街が何処なのか聞いてみた。
よくは分からなかったが、このまま道なりで間違いはないようだった。

しばらく行くと少し高そうなホテルがあった。
すこし安堵した。
野宿は免れそうだ。
でもとりあえず安ホテルを探したい。
ここは明らかに予算オーバーに見えた。

どれくらい歩いただろう、
思ったよりすぐに駅の大通りらしき所に出た。
駅前の大通りはヨーロッパらしく奇麗に芝生や花で整備されている。
駅の横は港のようだ。
その大通りの横沿いに建物が並んでいる。
その一画にホテルの看板が。
とりあえず、駅まで行けばATMでお金を下ろせるかもしれない。
結局、ここまですれ違った人は、道を聞いた自転車の人だけだった。

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駅舎はまだ明かりが付いている。
そしてATMがあるのが見えた。
そこまで、ざっと100メートルくらい。
その横の階段に座っている人影が見えた。
何か覆面を被っているように見えるのだが。
変だな、どういう事だろう?

近づいて行くと、その人影の正体がうっすら見え始めた。
よく見るとそれは覆面ではなかった。
ぎょっとした。

顔面を入れ墨で埋め尽くした、入れ墨男だったのである。

それは覆面を被っているように見える程なのだ。
そのありえない風貌について、瞬時に浮かんだ様々な疑問を、上手く飲み込む事ができぬまま、でも
絶対に関わってはいけない危険人物であることは明らかだった。

こんな風貌でどうやって生活するんだろう?
なんで、ATMの横にわざわざ座っているのだろう。
やばい・・・、僕はさっと踵を返す。
この覆面男の横でお金を下ろすなら、僕は野宿を選んだだろう。

ATMを諦めてそこからすぐ離れて、ホテルに向った。


act:4 夜のアーケード

とりあえずさっき見えたホテルに入り、泊まれるか聞いてみた。
ここはベルギー、英語は公用語でなはく、フランス語、オランダ語、ドイツ語を使うらしいのだが。
まあ、僕はボンジュール以外喋れるはずもなかった。
ホテルマンなら英語は理解するだろう。

それでどうにか泊まれる事が判明したが、
次はお金である。
カードを使えるか聞いてみた。
フロントのおやじは
「オッフコぉぉおース、オッフコぉおおース」
と言った。

実はこの旅でここのホテルが一番まともなホテルだったのだが・・。
値段も5000程度でバス、トイレ付きである。
このフロントのオヤジにATMの場所を聞いた。


そのATMはさっきの駅前のではなく、
すぐ近くのアーケードの商店街の一角にあった。
アーケードの手前に教会があった。
街の中に突然現れる、その暗さと荘厳な雰囲気が、
ここがヨーロッパなのだという事を
改めて感じさせた。


その古さと街とのギャップは、
なんとも言えないほど不気味だった。

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辺りは人っ子一人いない。
うすぐらいアーケードで一人薄汚いATMの前に立つ。
海外ではATMは路上にむき出しに設置されており、
建物の中どころか、しきりさえないのである。
そんな開けっ広げな設置で安全な気はしないが、
覆面男がいないだけ幾分ましではあった。

実はクレジットカード自体、人生で初めて使う。
日本でもカードで買い物すらした事はない。
これで本当にお金が引き出せるものなのか?
そんなバーチャルなからくりを、まだ今イチよく飲み込めていなかった。

さらに、海外でATMにカードを入れて、そのまま出てこないというトラブルがあることを事前に知っていて恐れもしていた。
(特にイタリアで)
そうなれば僕は完全にアウトである。

カードを入れると使用言語を選べるが、確かフランス語か英語だけだった。
英語を選択するも、いきなりよくわからない選択肢が出て迷ったのでEXITを押して、一回キャンセルすることにした。

が、カードは出てこなかった。
そんなばかな。
シーンとした夜のアーケードである。
僕は阿呆みたいに突っ立ている。
なすすべもない。
サーと血の気が引いた。
が、フェイントのように間が空いてやっとカードが出てきた。

とんでもなく反応が鈍い機械なのだ。
仕方なくもう一度トライした。
そしてなんとかユーロ札を引き出した。
本当にお金が出てきて驚いた。
このマシーンで無限にお金が引き出せるかのような
甘い錯覚さえ覚えた。

続く


act:5 長い一日は続く


僕は食べ物を求め街を歩いたが、レストランなどはもちろん何処も閉まっていた。
だいぶ歩いて、まだ開いている小さな食料品店を見つけた。
おそらくこちらのコンビニにあたるのだろう。
暗く雑然と物が置いてあるしけた店だった。
引き出したユーロ紙幣で、適当にカップ麺とチップスを購入した。

さてホテルに戻り、カップ麺を食べようとしたのだが、
部屋にお湯がないことに気がついた。
僕はフロントの呼び鈴で、先ほどのフロントマンを呼び出し、
お湯を入れてもらい部屋に戻ったが、
今度は箸がない事に気がつき、
フォークを借りに再びフロントまで行った。

ベルを鳴らす度、
フロントのオヤジはオッフコースと感じよく対応してくれたが、
出てくるときの顔の不機嫌さまでは隠しきれていないのだった。

僕のフォークの後、さらに戻ってきた女性客がベルをならし
オヤジを呼び出したとき、奥から出てくるときフロントのオヤジが明らかに、チッと舌打ちしていたのを僕は聞き逃さなかった。

さて、ユーロで初めて食べる料理がカップ麺。
最後に食べ物を食べたのは、
今朝、ロンドンからのバスでのまずいパンだ。
栄養失調。
とにかく、やっと長い一日が終わり、安堵感に包まれたのはもう、深夜12時をまわっている時間であった。

そこで、僕は明日からの準備に、デジカメの電池を充電しようと
充電器を取り出し、それをコンセントに差し込んだそのときだった。


ボムっ


爆発音が鳴り、火花が散った。
コンセントからは白い煙が立ち上がった。

突然の事態を飲み込めずにいた。
そうしてあぜんとしていた矢先、
いきなり部屋の電気が落ち、静寂と暗闇がおとずれた。


続く


act:6 夜の終わり、そして始まり


どうやら、充電器の使用電圧が間違ったのだ。
電気は落ちた。
暗闇だ。どうする?
僕はホテルの電気系統を壊したのだろうか。
(電気系統の知識がまるでない)

落ちたのは僕の部屋だけだろうか?
他の部屋はどうなってるのだろう。
弁償・・。
血の気が再び引いた。
しかし廊下を覗くと、そこは電気が付いてる。

とりあえず、暗闇の中ベットで横になった。
もう何も考えられない。
大体、一昨日からまともに寝てないし、食べ物と言えばジャンクフードだけだ。

半分眠ってどれくらい経ったろうか。
いきなり明かりが灯る。
充電器を調べると、海外対応のつもりが、実はそうでなかった。電圧が違ったのだ。

何処でどう間違ってこれを買ったのだろう・・。
これで充電はもう出来ない。
もう眠る事しか他に出来ることはなかった。


次の朝。
朝食を食べるため、結局少ない睡眠時間で、
ギリギリ一階のカフェへ駆け込んだ。
昨日の停電の事を咎められるのを恐れつつ、
何食わぬ顔で僕は、数日分の栄養をここで夢中で補給した。
まさにこの食堂は天国だった。

バイキング形式なのだが、バイキングといっても、
これまでのユースとは違って
とにかくあらゆる美味しそうな食材が豊富に揃っていた。
美味しいコーヒーにフルーツ、ヨーグルト、オレンジジュースまで。
また、バルコニー越しから見える景色は、昨日の夜とは違い、
街は光に溢れ、実に明るく輝いている。

ここでもう一泊のんびり過ごせば、あるいはこの後の旅は
もっと健康的に過ごせたのかもしれなかった。


だが運命は過酷に前と僕を駆り立てた。
僕はすぐホテルを後にして(電気の事を言われないうちに)しばらく街をぶらついた。

昨日の不気味な教会も明るくそびえる。

つかの間の平穏な時間だった。
だが、何かが電車に乗って次の街、ブルージュへと向え。
そう指令した。
花と運河の街、ブルージュ。
僕は走り出さねばならなかった。
風邪はまだ治っていなかった。


終わり